Oasisお勧めCD(第28回)

音楽にこだわりのある、OasisならではのCD紹介コーナーです。

  
 

最後に、夏を惜しみながら、少しだけ怖いシゴの話をしようと思う。

 (高校時代)飲む時には池袋まで行ったりしたものだ。そして卒業したら、渋谷辺りのカフェ・バー(死語@)でワンレン女(死語A)と一緒にAOR(死語Bを聴きながら、お洒落な大学生活を送るんだ、と妄想しながら夜の池袋東口を徘徊していた時があった。まだ渋谷が大学生の街であった頃の話。

 しかし、いつの頃からかAORという呼び名の音楽ジャンルは消滅してしまった。まるでそれは、バブルが弾けるのを暗示していたかのように、景気の良い時代のBGMだった。

 そんな時代の音楽を、とっても暑かった夏の最後に紹介しようと思う。アルバム・タイトルは「クール・ナイト」(81年)、ポール・デイヴィスという人の作品。

 このポール・デイヴィスという人、元々はカントリー畑の人だったのだが、イメチェンが成功したのが77年の大ヒット曲「アイ・ゴー・クレイジー」での事。一躍AORの旗手に持ち上げられた。このヒット曲は、後にソフト・セルというバンドに抜かれるまで、ビルボードのトップ100に、最も永くランク・インしていたシングル曲としても有名である。

 今回紹介する「クール・ナイト」は、そんな彼の最後の大ヒット作でもあり、AORというジャンルの、晩年の傑作アルバムじゃないかと密かに思っている。

 アルバムはタイトル・ナンバーにして、第一弾シングル「クール・ナイト」で幕を明ける。まさに日本盤のアルバム・ジャケット(満月で幻想的に照らされた灯台と海、そして上空に鳥が1羽)をイメージさせられる名曲。何故、日本盤と書いたかというと、アメリカ盤は本人の顔のドアップ。この顔が、見事なまでにAORっぽくない(C・クロス以上)。どちらを買うかで、当時私の周りではちょっと話題になった。顔は別にして、声の感じはカントリー出身らしからぬ艶のある声で、2曲目の「愛にマジック・タッチ」などはブルー・アイド・ソウルなナンバー。ファースト・シングルで、このアルバムのイメージも決定づけられたが、セカンド・シングル「65ラブ・アフェイアー」が当時6位まで上昇し、彼最大のヒット曲にもなった。他にも70年に黒人男女混声グループが大ヒットさせた「ラブ・オア・レット・ミー・ビー・ロンリー」という曲もカバー・ヒットさせている。今作は、カントリーからソウルへ、イメチェンした集大成のような作品となっている。ちなみに私は、「やっぱAORはイメージ重視でしょう」と当時迷わずに日本盤を買ってしまった。暑かった夏の納涼気分から、これから訪れる秋の夜長にピッタリのアルバムだと思います!

 

さて、今年になって気に入ったバンドの一つに、昨年デビューしたオーストラリアのバンド、ジェット(今年のフジ・ロックにも来日していた)がある。ちょっとパンキッシュなストレートなロック・バンドである。ここでこの新人に触れたのは、単に気に入ったからではなく、オーストラリアのメルボルン出身だったから。ここから世界に飛び出した、好きなバンドを次に紹介したいのである。

『リトル・リバー・バンド』がそれである。このバンド、80年代の初頭に少しだけブームになったOZロック・ブームの先駆けとして記憶している人もいれば、70年代後期の正統派ウエスト・コースト・ロックの系譜として認識している人もいるのでは…。馴染みの無い人にイメージを持ってもらうとしたら、同郷のエア・サプライよりもハードで、イーグルスのような陰は無く、初期ドゥービーに少し似ているのかなぁ、なんて思ったりもする。なので、この辺りが好きな人にお薦めです。

特に70年代後半の彼等はヒット・メイカーだった。サード・アルバム「夢追人」(78年)から全米3位まで上がった「追憶の甘い日々」を始め、「レイディ」「ロンサム・ルーザー」個人的に一押しシングル「クール・チェンジ」などヒットを連発させた。そんなリトル・リバー・バンドの、最後のヒット作を今回の2枚目の紹介作とします。タイトルは「光ある時を」(81年)、ここからも、アルバム1〜3曲目が連続ヒットした。まずはスケールが大きな「ナイト・アウル」が6位まで上昇、コーラスが繊細な「テイク・イット・イージー・オン・ミー」も連続してトップ10に入った。ヴォーカルのグレン・シャーロックって、後に出てきたヒューイ・ルイスにちょっと似ているなぁ(声)?、と思ったりした「思い出の中に」もヒットした。先輩ビー・ジーズを彷彿させる4曲目、アカペラの曲もあり、B面の後半「風まかせの人生」なんて、いかにも西海岸らしい適当な感じの曲かと思っていたら説教くさい内容で、真面目な人達なんだろうなぁ、と当時思ったりもした記憶がある。今作「光ある時を」はバラエティに富んでいながら、ヒットもちゃんとした、買って得した、と思えたアルバムだった。

しかし、今作を最後にヴォーカルのグレン・シャーロックがソロになり脱退。新メンバーで「ウィ・ツー」をヒットさせるもバンドは下降線に入ってしまった。リトル・リバー・バンドはオアシスに無かったと思うので、ベストでも良いので置いといてちょうだい!

 最後にまたヨタ話を…。

お気に入りのバンドの一つ、ウィルコが新譜を出した。ジム・オルークと組んだバンド、ルース・ファーの延長線上にあるサウンドである(まぁ、メンバーも似たようなものなので)。21世紀のサイケデリックと言うのか、カオスの中のロックとでも言うのか、何故かノイジーな音が心地良い。混沌としていた60年代の「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」に遡ればたどり着くこと間違いない。サイケデリックなビートルズが好きな人、是非聴いて下さい。

アテネ・オリンピックも終わってしまった。個人的には男子体操団体やシンクロは感動させてもらった。埼玉栄時代からの好きな選手、田中めぐみも1万メートル13位!日本人最高位で頑張った!アスリート達の走りのBGMは、当然地元ギリシャ出身のヴァンゲリスでしょう、という感じで家でもアカデミー賞作品「炎のランナー」(ノン・フィクションに強い:デビット・パットナムは好きだったなぁ)を観直した夏だった。アスリート気分の残っている人、是非観て下さい。

しかしこの夏、本当に東京は暑かった!それでいて各地で雨も激しく降った!各地気象台が記録的と言いながら…。しかし前から、そして今もって世界中で、雨は激しく降っている。1962年の暮には、ボブがこのような歌を作っていんだから。

      どこへいっていたの、かわいい坊や

      何を見たの、かわいい坊や

      何が聞こえたの、かわいい坊や

      誰に会ったの、かわいい坊や

      何をしようというの、かわいい坊や

      雨が降り出す前にもう一度出かけたい

      深い黒い森まで歩きたい

      そこでは多くの人の手が空っぽだ

      そこにある我家は汚い牢屋と向かい合わせだ

      そこでは執行人の顔は上手く隠されている

      そこでは邪悪な飢えがあり魂は忘れられる

      そこでは黒が色でゼロが数だ

      そしてそこでは とても激しく とても激しく とても激しく

      激しく雨が降るんだ

デビット・パットナムは「炎のランナー」の次の作品に「キリング・フィールド」を撮った。舞台となったカンボジアは、当時1300万人程度と言われていた国民のうち、100万とも200万とも言われた人々が行方不明になった。70年代のこの国には、観測史上、例の無いほど激しい雨が降っていた。ラスト・シーンではジョンの「イマジン」が流れる。そこには、天国も地獄も無く、頭の上には激しく振り出しそうな空があるだけ…。

  2004年8月31日
ライアー宮崎

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