Oasisお勧めCD(第26回)

音楽にこだわりのある、OasisならではのCD紹介コーナーです。

  
 

昔は、さして深い理由は無かったのだが、ベスト盤を買うという事があまり好きではなかった。こつこつと1枚1枚集めることで、そのミュージシャンとの思いを共有出来るかも知れない、と思っていたのかも。しかしデジタルな時代になって、好きな曲だけを選曲して聴くようになってしまうと、アルバムの中の1曲1曲も軽くなってしまった。

ただ、音楽的な特徴が掴みやすくなったりする一面もあるので、ミュージシャンの再発見にも役立つときもある。例えば最近発売されたガンズ&ローゼズのベスト盤。

1曲目の「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」から耳に残る楽曲の良さ。こんなバンドだったけなぁ〜と、今更ながら感心してしまう。そしてカバー曲のセンスの良さも。ディランの「天国への扉」、マッカートニーの「死ぬのは奴らだ」、そしてストーンズの「悪魔を憐れむ唄」…自分達のイメージを裏切らない、オリジナルを壊さない、そんな形で曲をリスペクトしている。ガンズのベスト盤を聴いていると、結構ノーマルなロック・バンドの魅力がいっぱいである。

同じように、昨年後半に出た2枚のベスト盤も印象深く聴くことができた。1枚は、前にもこのコーナー(第12回)で書いたことのある、ボブ・シーガーの通算2枚目のベスト盤。前回のベストから選に漏れた曲が並んでいて、それでいてもう1枚ベストが作れてしまうなんて、何とヒット曲が多くアメリカで支持されていたんだろう、と改めて感心してしまう。

そして、もう1枚はスティーブ・ミラー・バンドのベスト盤「ヤング・ハーツ」。このベスト盤を機会に、スティーブ・ミラー・バンドを久々、聴きまくった!なので、今回は思い切ってこのベスト盤「ヤング・ハーツ」を紹介させてもらう。

彼等のベスト盤としては73年―78年の全盛期のものが有名だが、今作はまさに彼等のキャリアが全て詰め込まれた、超お買い得品。初期のメンバーだったボズ・スキャッグス在席時の曲「リビン・イン・ザ・USA」から、80年代の大ヒット曲「アブラカタブラ」以降の曲まで…。個人的に1番好きな曲「ザ・ジョーカー」はやはり良い!大ヒット・アルバム「鷲の爪」のヒット曲も全て入っているし、「スウィングタウン」や「ジェット・エアライナー」といった佳曲に、シンセを多用しスぺーシーに変身したスティーブ・ミラーに与えられたサブ・ネーム「スペース・カウボーイ」も。でも彼の、ちょっと惚けたようなサウンドの中に、時たま見せつけるようなブルース魂がとても好きなんです(あの「鷲の爪」のジャケット写真のような)。まぁ、もともとスティーブ・ミラー・ブルース・バンドと名乗って、アマチュア時代から数々のキャリアを誇っていた彼だから、当然と言えば当然なんですが…。まだ1955年、13才で1つ年下の級友ボズ・スキャッグスとバンドを組んで以来の、68年に「未来の子供達」でデビューして以来の因縁を持つ2人、いつの日か、また一緒にやらないかしら…。初期2作や70年代のヒット・アルバムも、是非お薦めです。でも、あまり彼等を知らないロック・ファンならば、まずはこのベスト盤「ヤング・ハーツ」から!

 
 体内に悪魔(ブルース)のエキスが入り込んできた。手元には2枚の新譜がある。1枚はエリック・クラプトンのもので、彼が最も影響を受けたというロバート・ジョンソン(彼についても、第8回の時に駆け足で触れた)のカバー・アルバム。最近のクラプトンにはあまり興味が無く、彼の新譜を買ったのは、王様を車に乗せたアルバム以来になる。

もう1枚はエアロスミスの異色作で、こちらもブルースのカバー・アルバム。とは言ってもスティーヴン・タイラーの唇が出てきそうな、エアロ節は満載である。

のっけからボ・ディドリーで始まり、私の大好きなヴァン・モリソンもカバーしているマディ・ウォーターズの「ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー」、シカゴ・ブルースのフィクサー、ウィリー・ディクソンのカバーもある。選曲としてはオーソドックスな黒人ブルース・マンのナンバーが多いのだが、唯一、60年代後半の、白人ミュージシャンの曲が1曲だけ取り上げられている。「モタモタするなよ」初期フリートウッド・マックの曲が、である。今までもこのフリートウッド・マックに関しては、バッキンガム&ニックス加入作を7回目のこのコーナーで、クリスティーン・マクビーの埋もれた名作が結構ある70年代前半の不遇時代を21回目の雑談の中で、と時代を遡るように少しずつ書いてきた。そのうちに初期のブルース・マック時代も、いつか書いとこうかなと漠然とは思っていたんだけど、エアロの新作が聴いているうちにブルース・マックを書こうという気になってしまった…。今回の2枚目は、初期マックの代表作「英吉利の薔薇」(69年)を書くことにします。

まずは、永いこのバンドの生い立ちについて…。

ショットガン・エキスプレスでロッド・スチュワートとも組んだこともある、ドラマーのミック・フリートウッド、ベースのジョン・マクビー、そして緑神ピーター・グリーンが、(イギリスのブルース学校とも言われている)ジョン・メイオールのブルースブレイカーズで出会ったのが66年のこと。翌年にはギターのジェレミー・スペンサーを誘い、自分達のバンドを結成。そして夏には、ピーター・グリーンズ・フリートウッド・マック・フィーチャリング・ジェレミー・スペンサーとしてバンド・デビューすることになった(直に真中だけがグループ名になる)。

看板はBBキング・スタイルでマイナー・ブルースを得意とするピーター・グリーン、エルモア・ジェイムス・スタイルでボトルネックを得意とするジェレミー・スペンサー。静と動の対照的な2枚看板のギターリストであった。クリームがブルースを拡大解釈していったのとは対照的に、あくまでも正統的なアプローチで、初期マックはチキン・シャック、サヴォイ・ブラウンと並び、ブリティシュ3大ブルース・バンドと称された。68年に発表されたデビュー作は、いきなり全英bPとなる。更には、緑神ピーター・グリーンの名を決定づけた名曲「ブラック・マジック・ウーマン」(サンタナがカバーし大ヒットを記録して有名)、インスト・ナンバー「アルバトロス」を次々とシングル・チャートの1位に送り込んだ。その両曲を収めたアメリカ編集盤として人気のあるのが「英吉利の薔薇」(ジャケットのミックの顔が凄い!)である。アルバムのオープニングを飾っている曲は、前述したエアロスミスもカバーしている「モタモタするなよ」。更に今作からは第3のギターリストとして18歳のダニー・カーワンも加入、ギターとソング・ライティングに活躍している。三者三様のギターリストのプレイが楽しめる上に、油の乗っていた時期のフリートウッド(ブルース)マックを堪能するのには最適なアルバムです。

この時期にブルース・バンドとして評価を高めたのと裏腹に、バンドはその後、一人の人間に例えるならば凄惨な人生を送ることになる。

次作「ゼン・プレイ・オン」(69年)を発表すると、まずはピーター・グリーンという看板が外れてしまう。そしてまもなく彼は精神病院に送り込まれてしまった。片翼飛行になった後も「キルン・ハウス」(70年)を出すも、ジェレミー・スペンサーもバンドをリタイア。まもなく彼は新興宗教に拉致されたまま行方知らずとなってしまった。そして第3の男、ダニー・カーワンも「枯木」(72年)を最後にアルコールに溺れ、精神に異常をきたしバンドをクビになってしまった。彼も89年にホームレスの救護院で見かけられたのを最後に消息を経っているという。たぶん野タレ死んでしまったんだろう。

フリートウッド・マックのその後は、短縮して言うとライバル・バンド、チキン・シャックからクリスティン・マクビーを迎え、アメリカ人ボブ・ウェルチと共に70年代中盤までの苦しかった時期を乗り越える。そして75年には、リンジー・バッキンガムとスティービー・ニックスが加入、10年にわたって黄金期を形成した。80年代後半からは、またもメンバー固定できなくなり、低迷するが、97年にミック、ジョン、クリスティン、リンジー、スティービーが再開し「ザ・ダンス」というライブ・アルバムでbPヒットを飛ばし、存在感を見せつけた。

節操の無いマック・ファンとしては、全時代を通じたメンバーで新作を出してほしい!!そんな不可能なことを考えながら、一つだけホッとしているのは、緑神が復活できたこと。97年に、あのコージー・パウエルらを従えてピーター・グリーン・スプリンター・グループなるものを結成、ときたま活動している(しかし、パウエルは直に死亡してしまった)。そして、しょうもないメンバーだったけど、とりあえずフリートウッド・マックのライブを新宿で見取れたこと(なんと宗教家になったジェレミーが飛び入りもした日もあった)も出来たし、どのようなメンバーであれ、最近は気長に彼等の活動に付き合っていこうと思ってます。

最後にひと言。花村満月という作家の作品で「渋谷ルシファー」というのを昔読んだことがある。物語の最後に、日本人の若いミュージシャンが、シカゴのウィリー・ギブソンなる人物の家に居候して、ブルースに摂りつかれて終わってしまう。この話のパクリは(勝手に思っていることなのでカンベン)、1969年、イギリスの若きブルース好きのミュージシャン達が、シカゴのチェス・スタジオでオーティス・スパン、バディ・ガイ、ウィリー・ディクソン等と繰り広げられたセッションがネタ元なんだろう。この時の様子は、「ブルース・ジャム・アット・チェス1&2」というフリートウッド・マックの作品として聴くことができる。悪魔に捕りつかれた熱い作品である。

  2004年4月24日
ライアー宮崎

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